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愛の旋律

愛の旋律 (クリスティー文庫)愛の旋律 (クリスティー文庫)
(2004/02/20)
アガサ・クリスティー

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奔放なオペラ歌手ジェーンの歌声に魅せられたヴァーノンは、婚約者のために一度はあきらめた音楽家への道を再び呼び醒まされた。それはまたジェーンへの愛の兆しでもあった。平凡な幸せを望む心とは裏腹に、二人の女性を愛し、音楽家としての野心に取り憑かれた天才芸術家の愛と苦悩を流麗な筆致で描く大河小説。
(「BOOK」データベースより)


メアリ・ウェストマコット名義の小説。
ミステリじゃないけれど、ものすごく読み応えのあるストーリーで、グイグイ引っ張られていく感じは、圧巻でした。
常々、このブログで私は、「山岸凉子は容赦ない」と言っていますが、ウェストマコットも、容赦がないんですよね。特に、恋愛ものに関しては。クリスティー名義のものだと、夢見がちなヒロインにご褒美的な結末があったりするんですが、ウェストマコットにはそれがない。『未完の肖像』の時もそうでしたが、夢見がちな者に対して、本当に容赦なく現実を突きつけ、ある種の冷酷さや惨忍さを隠すこと無く、むしろそればかりを発揮し、登場人物たちを追いつめ、執拗にこれでもかと苦しめるんです。

『未完の肖像』は、純粋に男女間の恋愛と結婚生活というものがテーマなので、想像の余地もあるんですが、それに芸術や天才というものが絡むと、こんなにも残酷な結末が待っているのかと、誰も救われないのかと…。物語の登場人物の誰にでも共感できる部分があっただけに、ジェーンの最期は、彼女にとってどんなに残酷だったか。でも、ジェーンはヴァーノンに対して、あらゆる意味で、自分が犠牲になるということを予め知っていたんだなと思うと、誰も彼女を止めることはできなかったし、慰めも必要ないのかもしれませんね。

ジェーンは、自分がヴァーノンの犠牲になることを知りながら、それでも彼に尽くしたことで、この物語の中では、聖女のような扱いになっていると思うんですが、その対極のネルに対して、私は、やっぱり共感する部分があるんです。

ネルは、何度か<金か、愛か>という究極の二択を迫られる訳ですが、そのどちらを選んでも、やっぱり自己満足でしかならないし、かといって、愛があれば空腹が満たされる訳でもないし、日々の安心や平穏があってこその愛だと思うのですね。ヴァーノンが、愛があれば何でもうまくいくと夢見がちであればあるほど、現実の貧しさを知っている彼女が、現実的になるのも、不安を抱くのもわかるし、彼女の選んだ選択肢も決して間違いではないんですよ。価値観なんて人それぞれだから。誰にも彼女の決定を責める権利はないはずなのに、やっぱり、最後の「やっぱりあなたを愛しているわ」発言が、ね…。すでに、時遅し。愛するヴァーノンは、ジェーンが二度と手の届かない所に連れて行ってしまいました。なんとも皮肉ですよね。

ヴァーノンという男が主人公で物語の中心にいるのに、彼を取り巻くジェーンやネル、ジョー、ヴァーノンの母、セバスチャンの母など、女性の登場人物がとても丁寧に作り上げられ、肉を持ち、血を通わせて、その存在感を確かなものにしていて、うまく言い表すことができないんですが、彼女たちのエネルギーが渦巻いて、反発して、それがどんどんページを進めていく力になったような気がします。

ウェストマコット名義は、恋愛ロマンスだし、なんだかなあ…なんて思っていましたけれど、こちらにこそ、アガサ・クリスティーの凄さがあるんだなと思ったし、登場人物を丁寧に冷酷に描くからこそ、クリスティーの推理小説にも、時代を超えて色褪せない魅力があるんじゃないかなと、考えを改めた夜でした。




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